お知らせ

親睦活動

平成28年度自治会長視察研修報告

 11月17日(木)~18日(金)の2日間、熊本地震の復興支援という意味を込めて、特に被害が大きかった熊本市、阿蘇市を中心に視察を行いました。

 平成28年4月14日夜と16日未明に震度7を記録した、熊本地震。被災された多くの方々には心からお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。

 1日目は、熊本市のシンボル熊本城(熊本市)へ。4グループに分かれ、遠目からではありましたが、二の丸広場や加藤神社、屋根部分が損壊した大天守や小天守、石垣が倒壊した戌亥櫓や宇土櫓などを、現地ボランティアガイドの説明を受けながら視察しました。
 テレビの報道で見ていた光景を目の当たりにし、改めて熊本地震がどれ程恐ろしいものだったのかを思い知らされ、言葉になりませんでした。



※加藤神社境内より望む天守閣
※現地ボランティアガイドさん達が大活躍。

 熊本地震以降、広大な敷地の大部分が立入禁止区域に指定されていましたが、平日にもかかわらず多くの人が、今の熊本城を目にしようと訪れ、沢山の現地ボランティアガイドの方達が、熱心に語りそして元気にみなさんを迎え入れてくれる姿に、とても感動をしました。ここにいる、ひとりひとりが熊本復興への強い力となっているのだと感じました。



 今回は、熊本市出身の添乗員の方がご同行いただき、地震の体験談や熊本城に対する熱い想いなど、沢山の話を聞くこともできました。

※大天守・宇土櫓と、角石一列で雄姿を保つ戌亥櫓


※昼食会場から見えた、飯田丸五階櫓

※熊本城へ復興支援金をお渡ししました。


※熊本城への入口、みゆき橋横の馬具櫓石垣。5/10の余震で崩落。

 次に、熊本市内から阿蘇市へ。熊本地震から7ヶ月が経過したものの、通行止めの道路も多く、迂回したり道中に見る景色の中には、道路には亀裂が残り、屋根にはブルーシートがかけられ、墓石が倒れたままの姿も目にしました。
 次の視察は、阿蘇神社。阿蘇神社の象徴である「楼門」や「拝殿」を前に、現地ガイドの方の説明を受けました。
 楼門や拝殿が倒壊したにもかかわらず、神様が鎮座する「神殿」は大きな損傷を受けながらも倒壊を免れたそうです。その姿は、不思議で神秘的な光景でした。
 阿蘇神社の参道にある門前町商店街「水基めぐりの道」は、比較的被害が少なく、住民は「阿蘇神社の神様が身代わりになったくれた」と感謝しているそうです。
 そちらの神様に守られた「水基めぐりの道」も散策し、それぞれユニークな名前が付けられた水基を巡りました。各所に、復興を願う「がんばろう熊本」の旗や、お土産の数々。少しでも支援になればと、多くの人たちで賑わっていました。

※倒壊した国指定重要文化財の楼門

※現地ガイドによる説明



※手前は倒壊した拝殿。奥は倒壊を免れた神殿

※阿蘇神社へ復興支援金をお渡ししました。

 2日目は、白川水源(南阿蘇村)から高森湧水トンネル(阿蘇郡高森町)を視察。復興支援のためのお土産が販売しており、観光地へ来てもらえるようにスタンプラリーなども開催されていました。
 高森湧水トンネル内には、復興への願いを込めた沢山の七夕飾りが下げられていて、とても幻想的な光景と、みんなの温かい心が伝わってきました。



 次に、南阿蘇鉄道の視察へ。 地域住民の交通手段としてだけでなく、風光明媚な路線であることから観光列車としてトロッコ列車を導入し多くの観光客を楽しませていました。
 こちらも、熊本地震で甚大な被害を受け一時は全線運休となりましたが、7月31日より高森駅~中松駅間(7.1㎞)が部分運転再開までこぎつけています。
 今回は、高森駅から貸切のトロッコ列車に乗り、車掌さんの饒舌な説明を聞きながら7.1㎞の車中様々な景色を見ることが出来ました。
 中松駅から立野駅までの10.6㎞は、土砂の流入やトンネル、鉄橋に甚大な被害を受けており、現在運転再開の見通しは立っていないそうです。中松駅から先にある路線がさらに風光明媚なものと聞きました。復興までの道のりは長いかもしれませんが、運転が再開されることを願い、いつかまた訪れ乗車することが出来ればと、強く思いました。



 今回の視察は、熊本地震被災地の今を実際に見ることができ、とても貴重な時間でした。
同じ九州で、このような甚大な被害が起きたことを改めて思い返し、熊本被災地の復興を願うとともにこれから自分たちに何が出来るのか、各個人の防災意識や自治会としての地域自主防災の取り組みについてなど、様々な視点からそれぞれの自治会における、現状や課題について情報交換・意見交換をするとても良い機会となりました。

親睦活動

第7回嘉瀬かかしまつり開催

 平成28年10月24日から、嘉瀬川防災ステーションにおいて今年も「嘉瀬かかしまつり」が開催されています。
 会場には、様々な工夫が凝らされた150体を超える数の”かかし”が展示されており、表情豊かに、訪れた皆さんを楽しませてくれます。また、かかし1体1体にはそれぞれコメントがつけられており、作成された皆さんが”かかし”に込めた想いも、うかがい知ることができます。

 会場では、嘉瀬町の大家族をイメージした「かかし家族」、熊本応援としてキャラクターのくまもん、オリンピック応援 テコンドーの濱田真由選手、佐賀の七賢人、恵比寿さんなど、例年以上にクオリティの高い”かかし”達が皆さんをお待ちしております。

 

 

「嘉瀬かかしまつり」は、11月6日まで開催されております。
可愛らしく、心のこもった”かかし”達がお待ちしてます。かかしの人気投票も行われていますので、ぜひ皆さんお越しください。

【2016佐賀熱気球世界選手権】
期間:10月28日~11月6日の10日間
場所:佐賀市嘉瀬川河川敷及び佐賀平野一帯
参加機数:総数187機(33カ国・地域) 

親睦活動

平成27年度自治会長視察研修報告

 自治会長視察研修を11月16日(月)~17日(火)の2日間、今年7月に世界文化遺産に登録された、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産を視察しました。
 構成資産は、九州(福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島)・山口を中心に全国8県11市に分布して立地していますが、相互に密接な関係があるそうです。

 1日目は、熊本県荒尾市にある「三池炭鉱万田坑」へ。
 万田坑は、三池炭鉱の20世紀初頭を代表する坑口で、揚炭と入気を目的とした第一竪坑と、人や資材の昇降と排気を目的とした第二竪坑、それらに付随する施設から構成されています。明治35年に開かれ、昭和26年に石炭採掘の役割を終え、その後、平成9年の三池炭鉱の閉山まで主に坑内水の排水の役割を担っていました。閉山したのち、国の重要文化財と史跡に指定され、現存する施設や機械は、今も大切に保存されています。
 現地の専門ガイドの方の説明を聞きながら、万田坑にそびえたつ第二竪坑櫓や、レンガ造りの重厚な建物、炭鉱マンたちが行き来した坑口、巨大な巻揚機が残された機械室など、実際に見ると迫力満点で、当時の様子を思い描き、感心するばかりでした。
 万田坑の入り口には、平成21年4月にオープンした「万田坑ステーション」があり、たくさんの資料や写真が展示され、炭鉱マンや技術者たちがともにした苦労や喜びを今に伝えています。
 荒尾市には今回の万田坑のほか、ラムサール条約湿地に登録された荒尾干潟があり、同日もたくさんの見学の方が来られていました。佐賀市にも同じく世界文化遺産の「三重津海軍所跡」とラムサール条約湿地の「東よか干潟」があり、同じような条件の中、地域活性などにどのように活用されているかも興味深いものがありました。

 

 

 次に、長洲港から有明フェリーで多比良港へ渡り、島原城見学と、武家屋敷の散策へ行きました。
 島原城は、城内をめぐる資料館になっていて、当時の甲冑や刀剣の展示も抱負で、キリシタン迫害の歴史が分かる展示もありました。最上階からの海と山の眺望はとても素晴らしかったです。
 武家屋敷の散策の道中、帰宅中の小学生から元気な声で挨拶をされて、こちらが元気をもらいました。

 

 2日目は、長崎県長崎市にある「三菱重工長崎造船所史料館」へ。
 長崎造船所内には「第三船渠」「占勝閣」「旧木型場」「ジャイアント・カンチレバークレーン」の4つの構成資産があります。
 その中で、一般公開されているのが「旧木型場」長崎造船所に現存する最も古い建造物で、木骨煉瓦造二階建、明治31年に鋳物製品の需要増大に対応して建設されました。昭和60年に今回視察した「造船所史料館」として改装され、日本最古の工作機械や、造船所の歴史を紹介する展示施設となっています。
 施設内では、DVD上映により長崎造船所の歴史について学び、その後館内の貴重な資料や、実際に使用されていた機械、船の模型を数多く見る事ができ、改めて当時の日本の技術の高さに驚くばかりでした。
 史料館として改修された旧木型場の赤煉瓦は、昭和20年8月の空襲や原子爆弾の爆風にも耐えており、現存するその外観を見るだけでも価値のあるものでした。

 

 今回の視察では、フェリーでの移動や散策、視察の合間を縫って、各自治会の情報交換や親睦を深め、お互いの自治会の問題点を理解するなどの時間もあり、とても充実した視察研修となりました。

親睦活動

平成26年度自治会長視察研修報告

 佐賀市自治会協議会の自治会長視察研修を11月19日(水)~20日(木)に実施しました。
 1日目に視察したのは、世界遺産登録を目指す「三重津海軍所跡」。佐賀市南部の諸富町と川副町にまたがり、九州最大の河川である筑後川の分流、早津江川の西岸河川敷にあります。
 今回の視察では、佐野常民記念館展望テラスからの三重津海軍所跡の全景を眺めながらの説明と、展示室(インフォメーションコーナー)の見学。あわせて、佐野常民に関する展示資料の見学をしてきました。

 三重津海軍所は、西洋の海軍技術を学び、洋式海軍の創設や洋式艦船の整備も行う拠点でした。1865年に日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成させています。
 平成13~15年度にかけて発掘調査が行われ遺構が明らかになり、平成21年度から修覆場地区の調査を実施し、日本最古の西洋式の乾船梁(ドライドック※)跡が発見されました。石造やレンガ造などのドックとは違い、三重津では「木」と「土」で作られており国内では類例がありません。このことから、幕末における造船施設の構造を知る上で非常に貴重な遺構として高く評価されているそうです。
 現在は、佐野常民記念館及び佐野歴史公園として整備され、三重津海軍所関連の遺構は公園地下に保存されています。

 今回の視察で、改めて当時の佐賀藩の技術の高さが、日本の技術力をさらに高め「日本の近代化」に大きく貢献していたことを知り、誇らしく思いました。
 世界遺産登録に向けて、様々な取り組み、イベント等も行われているので、今後ますます関心を持ち、来年夏のユネスコ世界遺産委員会での審議で世界遺産登録となれば、佐賀市全体の活性化にも繋がるのではないかと感じました。
   ※ドライドック=陸地を掘り下げて作業場とし、その入口に扉を設けて水位を調節し船舶を修理する施設

 2日目は、大分県臼杵市の視察をしてきました。
 臼杵市は、平成17年1月に旧臼杵市と旧野津町の1市1町が合併。人口39,673人(平成26年3月1日現在)、面積291.06㎞2、高齢化率35.2%(平成26年4月1日現在)です。
 
 まず、臼杵市観光交流プラザへ。「臼杵市を訪れる観光客が最初に立ち寄る場、市民も集い交流できる中心市街地のにぎわいの場」をコンセプトに平成26年5月にオープン。観光に来られた方や地域の方の賑わいを目的に定期的にイベントを行っていて、市民と観光客との拠点となる施設でした。
 
 次に、臼杵市社会福祉センターにて、「地域振興協議会設立の取り組みと活動事例について」臼杵市の方、自治会連合会の方から説明を受けました。
 臼杵市は少子高齢・人口減少の現実を見据えた対策として、平成21年度から旧小学校区ごとに「地域進行協議会」の設置を推進しています。枠組みを超えた連携・元気で安心なコミュニティ作りを目的とし、高齢化が進み人口が減っても、みんなが参加することでより長く活動を続けていくことができるよう、市はそれぞれの地域活動を支援しているそうです。
 
 今回活動事例を紹介頂いた「下ノ江地区ふれあい協議会」は、平成21年10月に臼杵市の地域振興協議会の第1号(モデル地区)として認定。5つの委員会の活動を中心に地域内の様々な団体が連携し、役割を分担しながら活動を展開されています。協議会として5年目。市関係者の適切なサポートと、地区住民の潜在能力が各場面でチームワークという形で活かされ、ふれあいセンターでの活動を中心にした地域自治や福祉活動を、ふれあい協議会の名のもとに、地域活性化の活動を進めるよう組織再編成もできたそうです。
 
 佐賀市でも、全校区での地域コミュニティづくりを目指していることから、今回の下ノ江地区の事例を興味深く聞き、活発な質疑応答がされました。お互いに共通する課題等もあり、これからそれぞれの自治会やまちづくり協議会の中で活かしていけるような視察となりました。


続き▽

親睦活動

平成25年度自治会長視察研修報告

 佐賀市自治会協議会自治会長視察研修を11月19日(火)~20日(水)に実施しました。
 今回視察したのは、福岡県北九州市八幡東区の「枝光本町商店街」で、スペースワールドの近くにある商店街でした。地域活性を願い、商店街の空き店舗を劇場にし、そこを拠点にしたユニークなまちおこしです。
 北九州市西部にある枝光は、かつて炭鉱の町として発展した産業都市でした。しかし、少子高齢化による過疎化が進み、大型スーパーの進出で商店街がシャッター化。そんな状況を立て直そうと、地元の舞台演出家を中心に、演出+まち歩き「枝光本町商店街アイアンシアター」を考え出しました。舞台は商店街、出演者はそこで働く人々、観光客は俳優のガイドとともに商店街を歩き、食や人に出会い「人と人とつながり」を感じながら町の歴史などを知ることができる、そういうまち歩きです。
 屋根がある細長い道の両側に、いろいろな店が並んでいて、元気いっぱい店の人と笑顔で会話をしながら夕飯の買い物をする…そんな昭和の時代にタイムスリップしたような、とても懐かしく感じる商店街でした。

 
 
 
 北九州市八幡東区は、人口70,073人、面積36.36k㎡、高齢化率31.7%(平成25年11月1日現在)で、日本の近代産業の先駆けとなった官営八幡製鐵所の発祥の地であり、近年では工場跡地などが整備され、新しいまちづくりが進んでいます。一方で、人口の減少や少子・高齢化、地域経済の停滞といった問題を抱えており、地域コミュニティ活動や安全・安心の暮らしやすいまちづくりが求められているそうです。
 伝統や文化などの価値を見直し、知恵と工夫で古き良きものを残しながら、交流を通じて情報を発信していく。人とのつながりの大切さや元気をもらった視察でした。

 

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